カメラとあひるの水面下バタフライ。

写真は向かないって言われてからの、日々思うこと。

棘を抜かれた、私には。

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はじめて、口に出した。
わたしは、一体、何者ですか。
その音は、とてもか細いものだった。

アイコンタクトを絶対とした、対面コミュニケーション。
定まらない視界。
こんなにぐにゃぐにゃとした視界で誰かと話すことなんて、
アルコールが入って眠くなってる時くらい。

ようやく顔を上げた私をじっと捉える、その瞳の主は、
事の重要性をようやく把握したようで。

今まで一度も叩く事のなかった、キーを奏でた。

打ち奏でられるキーの音は、とても乾いていた。

人生において悔やんでばかりいる私は、
もう悔やみたくないから、と心の底を一瞬口にしたものの、
次の瞬間には、
今回も逃げ出すかもしれない、と、平気で音にした。

逃げないように、公的制度の申請を視野に入れた。

5年前に受けた検査を、
5年前に結果を聞きに行かずに、
騙し騙し鼓舞させて、また闇に堕ちてしまった自分に決着をつけるために。

何年かに一度刺さってしまう、大きな棘は。
どこからきて、どこから狙っているのかわからない、
静かなる通り魔で。

通り魔は、生まれてこのかた、私の前に姿を現わすことなく。
気配を漂わせたと思ったら、棘を一気に投げ込み、
姿を消す、何年も。

棘を抜ききることもできないまま、
ピアスホールのように心の皮が塞がるのを、ただ待つ。
棘は拡張ホールのように食い込んでくるけれど、決して抜け落ちることはない。

棘が抜けた、生まれたままの自分の姿を知るために。

数ヶ月の、自問自答が始まる。

 

 

 

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ちょっと生だったかもしれない。

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記憶の中でコンビーフを食べたものがなくて。

いつか食べてみたいと思っていたもののひとつ。

 

昨日というか、ここ2、3週間の気持ちの乱高下の原因がわからないまま、昨日の激務により旗揚げから全公演見てきた好きな俳優の舞台に行けないことが確定した段階で、気持ちの壁が決壊した。

 

決壊してからというものの、

壁は思いの外過去最大に積み上がってしまっていたため、溜まっていた感情のなんやかんやの量が異常だった。

 

最近、推しが尊いから身体中の沸き起こるもぞもぞを表現するために、死にたいと書くことはあったが、

無になり、心の底から世界から消えたいという、ガチの死にたいを口にすることはなかった。

でも、とうとう、出たのだ。

死にたい、と。

そこから一気に、死のう、に直結する。

 

普通の人ならば、死ぬには?とググるのだろう。

自分の場合は、死ぬために必要なことがある程度分かってる。

服薬ならこの薬で何錠、吐き気止め付きで。

飛び降りなら何階以上、植木のない角度から。

食品ならコーヒーを5杯でも飲めば簡単に死ねるような体質。

 

比較的他の人よりもいろんな死に方ができる体質にも関わらず、

このままガードレールに突っ込んでしまえば、とかソラニンの種田みたいなことを考えるのだ。

 

そんなこんなで、

死にたいと思ったから、久々にSNSを断っている。

死にたいと口にした瞬間に、さらなる孤独に身を寄せて、本当に自らの意思で死にたいのか、他人の何かを青く感じて劣等感から死にたいだけなのか。

どちらなのか自分を精査する必要があるからだ。

 

推しの英国俳優である、タロンエジャトンの誕生日であり、

二次元アイドルの、春原百瀬の誕生日でもある、今日。

 

私は、ただ、どうして死にたいのか、を自問自答しながら、

念願の、ノザキのコンビーフを食べている。

しかも、脂肪分気にしながら。

 

そして、写真のは1枚目だけど、

セロリの筋を避けていたら、焦げる匂いがして、案の定真っ黒に。

 

2枚目は上手に焼けましたよ。

 

見た目が焦げようが、綺麗だろうが、

玉ねぎがちょっとじゃりじゃり言ってて、

ナマっぽくて、生だな、ってなってる。

 

今日も、生命のスープに身を委ねながら、そんなことを考えてる。

 

 

 

 

離れた誰かと誰かがいたこと。それだけの話の、ひとつ。

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言葉の羅列に圧倒される、9月。
神様はなんて無慈悲なんだろうとさえ思う。
そうだ、9月の話をしよう。

9月は本当にいろんなことを日にち単位でよく覚えている月。
911はグラウンドゼロの日。
916はピロウズの結成日。
920は実母の誕生日。
そうだな、925に関しての話をしようか。

19歳の925に、バイト先の人とごはんに行った。
バイト先から1キロくらい離れてるくらいの、環状線道路沿いのハンバークチェーン店。
当時短大2年だった自分は、大学時代に学友の誰とも外食をしたことがなくいつも独りで行動してたのを、ついさっき思い出した。
記憶の捏造って本当に恐ろしいもので、多分、誰かとごはんくらい・・・と思ったけれど、それ全部学外の人間だったことを、思い出した。
バイト先の人というと、社員とかそういう年上の人を誰もが想像するだろう。相手は同じパート。時給750円、それ1本が主生計な一人暮らし32歳である。
勤務時間がほんの2、3時間重なるだけの、いかにも一匹オオカミ的な人物とどうしてこうなった?と食事に行く道中で考えてたな。
確か、7月の終わりくらいに、別のパート社員の子(25歳くらいのいかにもV系好きですストパーめがね男子)と仕事終わりに一緒に更衣室に向かっていた時に、ひょっこり現れたのが32歳だった。二人並ぶと本当に兄弟みたいだった。

「あひるちゃん、音楽好きなんだって」

そう25歳が32歳に話かけたんだった。
32歳は、あそう、という感じで、興味なさそうだった。
あとあと聞いたら、「いや、どうせ音楽好きって言っても、aikoとかそういうヒットチャートにぎわしてるような人たちが好きって意味だろうと思ってた」と、だいぶこじらせてる回答を松屋の牛丼食べながら話してくれた。
そんな仏頂面の32歳と連絡先を交換したきっかけは、なんだったか忘れたけれど、とりあえず、バイト終わりの更衣室へ向かう道でポケットにメモを突っ込まれたような記憶がうっすらとある。
それから、1日1通のメールを送るという不思議なやりとりがはじまって。
基本的に1通1000文字超えてて。
長文に長文を返すから、1日1通が限界なのは当然といえば当然。
今考えると、ツイッター10回更新するのと変わらないんだけど、まあ、当時はガラケーだからね。すごいな、と本当に思う。
1000文字もなにを話す内容があったのか、と思うけれど、なんか話してたんだろうな。

ここまで書いてる途中で、大学の同期の子供ってみんなもう小学生なんだと気付いてしまって、いやちょっと・・・と頭を抱えてしまった。

外れた線を戻すと、そんなメールのやりとりをしてる時に、一気に空気が変わった瞬間があって、それが、「音楽」の話だった。
その年は、cameback my daughters のstipping kissesがリリースされた年。
住んでいた場所は地方都市とはいえ、故郷にはない大型CDショップがいくつもあった。
教科書を買うお金もなかった自分は、授業の度に中央図書館で解剖図説を借りて、その帰り道に買えないCDをCDショップの店頭で視聴してはまた来週聴きに行く、という生活をしていた。
レンタルという選択肢は全くない性格をしているので、借りたことは本当に少ない。
しかも住んでたエリアから繁華街までは直線10キロ圏とはいえ、山を2つ越えなくちゃいけなくて。
バス代の400円すらもったいなく、当時の足は自転車。
CDウォークマンをポシェットに入れて、真っ白な自転車にまたがってCDショップと図書館に通っていた。
その当時、CBMDのCDだけはどうしても欲しくて、支給された奨学金から2000円だけ引き出して、今はなきHMVで購入した。
その話をした時に、「他には何を聞くの?」と締めくくられたメールが届いた。どう答えるのが正解かわからなくて、当時持ってたCDを書いて返事をしたら、「今度ゆっくり話をしようよ」と。
いつもなら夜中にメールを送って返ってくるのは翌日の夜中なのに。
ものの3時間で返事が来た時には本当にびっくりした。
それから、925の約束が決まったのだ。

終始、音楽の話をして、長居をしすぎてるわけでもないのに、なんとなく店を出るか、という流れで外に出たら、今にも泣きそうな曇り空。
「予定は?」と聞かれたから、「CD探しに街に行こうと思ってたけど、これじゃあね」と返したら、「なんにもないけどCDだけならあるよ、うち」と言われて、誘いに乗ってみるか、と「オススメの見せてもらってもいいですか?」と答えた。

家に着くなり、壁一面のZipper並んだ本棚とCDラックがいくつか。
平積みになってるバンドTシャツ。
壊れた炊飯器と、部屋までの道のりを半分ふさいでる色あせたピンクの二層式の洗濯機。
部屋のいたるところにあるスヌーピー
真っ赤な布団カバーと、布団のないコタツ机。
音の出ないブラウン管テレビと、この家で一番新しい家電はCDMDコンポ。
壁に掛けられた千鳥格子のモッズスーツに似合わない、ふすま。
時が止まったような、進んでいるような、不思議な空間だった。
部屋の隅っこで、部屋の隅々までを無意識に見ていたら、32歳は特に話すでもなく、CDラックから1枚CDを取り出すと1曲かけて、曲終わり5秒前に立ち上がり、CDを止めて、また違うCDに変えて1曲。
それをただ無言で2時間くらい続けて、
雨音が窓から室内めがけて鳴り響くくらい時間が経った頃。

”いろんな問題をはらんでいるけれど、それに目を潰れるなら、この人となら一緒に生きていけるかも”

と思った時、
ピロウズのTiny Boatとストレンジカメレオンを32歳は続けて流していたのだ。これがオススメだよ、と、はにかみながら。
いつのまにか空は真っ暗になり、適当にご飯を食べながら、ただずっと黙って32歳の流す音楽を聴いてるうちに925は終わった。
それから、明確に意思を伝えるでもなく、ごく自然に一緒にいることを選び、それぞれのテリトリーを守りつつ、手動ジュークボックスの部屋で過ごす時間を楽しみに生きた。

これが、925の物語。

その後に関しては、私をよく知る人は、結末を知っていることと思う。


こんなことを書いたのは、8年ぶりに姿を見かけたからだ。
夢に一度も出てこなかったのに、夢の中で出て来たのだ。

あゝ、なんというか、9月は本当に変な扉がよく開く。


これを書いてる病室は、とても静かで。
月明かりが眩しいくらいだ。
いや、やっぱり、PCの光の方が眩しいか。

こんな夢のような夢をみてしまったから、命潰えてしまっても、
この記事が残りますように。

あの日の925から、13年。
生きて迎えられますように。

 

ピロウズと、私と、君と、925。

 

 

きっとこんなこと思い出したの、キヴンのせいだよ。

まだ溶けきれずに残った
日陰の雪みたいな
思いを抱いて生きてる
ねぇ
僕はこの恋を
どんな言葉でとじたらいいの
あなたのすべてが
明日を失くして
永遠の中を彷徨っているよ
さよならできずに
立ち止まったままの僕と一緒に

まだ解けない魔法のような
それとも呪いのような
重い荷物を抱えてる
ねぇ
僕はこの街で

どんな明日を探せばいいの
嗚呼
冷たい涙が空で凍てついて
やさしい振りして舞い落ちる頃に
離れた誰かと誰かがいたこと
ただそれだけのはなし

あなたのすべてが
かたちを失くしても
永遠に僕の中で生きてくよ
さよならできずに
歩き出す僕と
ずっと一緒に

 

ギヴン ”冬のはなし”

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冬のはなし

冬のはなし

 

 

音の中で、過去の中で、絶対に出逢うことのない自分を探す。

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POP VIRUSの星野源の歌詞は本当にずるい。

私は、まだ、SAKEROCK以降の星野源を生でみようと思えないし、それでも、彼の音楽的センスにはびっくりするし、愛おしいと思ってる。

 

平成最後の時間。

何の気なしに、ブログを書こうと思った。

ずっと私の存在を知っている人は、どんな風に思っているんだろう。

2年だか3年前に末期癌の宣告を受けて、あと半年だって言われたのに、今、改元の時を待っている。

そんな私をみんなどう思っていてくれているんだろう。

 

見ることのできないはずだった未来が今、そこにあって。

平成ってどんな30年だった?と自分に問いかけてみたら。

 

音楽と共に歩んで。

写真の世界を漂って。

この人しかいないって人を亡くして。

おんなじことで躓いてる人生、だなって。

 

世界一好きな、ピロウズの音楽に触れたら、

震災さえなければ、手にできたかもしれない見たことのない、今後どんなにお金持ちになっても得ることのできない未来を思って、何度もライブ中に泣いてしまうから、これからもきっとそう思いながら生きていくんだろうと思う。

病に倒れるまで。

 

それを超えられる恋や愛は、この先、あるのかないのかわからないけれど。

それでも、この人生を生きていく覚悟がなんとなく、本当に、なんとなく、見えてきた気がするんだ。最近。

 

それが、わかっただけでも、平成に価値はある。

Thank you Finding me.

 

 

カメラを手にして、写真にするという、至極簡単で一番難しい世界のこと。

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マラガ・スペイン

写真は祈りなんだ。

細い光の道をなぞる。

一瞬で燃え尽きる流れ星のような。

その細い光を、多分、愛してるんだと思う。

愛することは簡単なようで、一番難しい。

だから、写真も、簡単なようで、一番、むずかしい。

 

 

 

太陽が眩しすぎて、心が腐っていく前に。

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光の差し込むこの景色に、

二度と彼がこの場に立つことが叶わないとわかっていたのなら。

 

そんな彼は、両親とともに、日課になりつつある病院へ運ばれていった。

 

なんとも言えない、鉛のような感情が、年明けからずっと体の奥底に横たわっている。

 

幸いにも、70を超えた両親はかろうじて自活できる程度で健在とはいえ、

18を超えた犬と、100歳を目前に控えたアルツハイマーな祖母のことがある。

 

目の前に並ぶ、プライベートな事実の数々に、もう一度Uターンすると決めた理由はなんだったっけ、という、本来の目的が霞むことが多い。

2年後、自分は現職を離れるつもりでいる。

新しい職場は、マインドコントロールを強いられ、この仕事に携わる人間全てを侮辱しているかのような劣悪さ、さらに交渉を続けても給与額面を提示されるのは入職後という恐るべき事態。

まんまと、その手中に入ってしまい、今、もう一度舵を大きく切らなくてはならなくなっている。

 

そこで冷静に考えてみた。

結局、自分はこの職業から抜け出せないのでは?と思った。

マインドコントロールや、労基違反していたり、職業独特のルール違反しているという、自分にとって許せない事実が目の前に揃っただけで、遠く遠く旅立つことを考えてしまっているのだ。

その代わり、Uターンして、3年くらい修行の旅に出て、そのあとは自宅でできる仕事を、と思い描いていた、そのレールの敷き直しをしなくてはならない。

 

親のことは気がかりだし、どうにかできないものか、と常々思ってきた。

でも、現職のままだと、この田舎では、現在のところ以外に働き口はない。

そこがもうダメなのだから、この場所で自分が生きていくことは不可能なのだ。

 

他の職種を考えないことはない。

常に考えている。

ただ、潰しが利かないのだ。ここまでくると。

 

それに、3度目の余命宣告が、その通りなら。

犯罪ではないけれど、自分の仕事に対してもっとも重要視していることをおざなりにされている職場では働きたくない、その一心で、どこかまた飛ぼうとしてる。

 

結局、自分は、仕事人間なのだ。

 

写真のような光景。

愛犬は自慢の脚力を骨肉腫で失い、寝たきりになって2ヶ月。

祖母は年齢相応の認知症に。

両者ともに、ついこの間まで元気だったし、こちらも元気なまま最後を迎えてくれたらと淡い期待は絶対だとどこかで思っていた。

でも、現実は残酷な姿を見せてくれる。

物事に絶対はない。

 

両親は健在だ。どんなに二人のことが苦手でも、親にはかわりない。

自分がまたほんの2、3ヶ月で、この家をまた去ったあと、いつまでも元気でいてくれると信じていても、どうなるかはわからない。

つまり、当たり前だった光景が二度とみられなくなることよりも、仕事を取るということ。

 

心のどこかで、いつも罪悪感しかない。

両親というか、父は常に、親と金はいつまでもあると思うな、孝行したい時には親はいない、家族は近くに住んで支え合うものだ、と転勤族だったくせに何をいっているのかはわからないけれど、口うるさく言っていた。

両親と兄のことが苦手で、それでも、生きるだけで迷惑をかけていると思い込んでいた自分にとって、恩義を返すためにはどうしたらいいのか、離れて暮らしていた自分は犯罪者なのか、とすら思っていた。

 

親のためにこうした方がいいんだろうな、と思っていたのは、もしかしたら、自分がこうすることで自分は救われるのかもしれない、という身勝手なものなのかもしれないが、もう、わからない。

 

そんな父は正月早々からフルスロットルで自分は早々に夕飯を済ませ、ようやく食卓につき、食事をしようとした家族に箸を置かせて、こう言ったのだ。

 

「自分は親を頼ったことはない。

親になにかを相談したことはない。

学校を出たら親は死んだと思って生きてきた」

 

と。

父とはほとんど会話はない。相談もしたことがない。

父に報告したのは、大学に行くから家を出るという話を土下座したときだ。

それももう14年も前の出来事。

父が今頃こんな話をしてきたのは、きっと、二度目のUターンをしてきた自分への苦言なのだ。

たとえUターンした理由が、老いていく祖母、母、犬のため、だとしても、父にとったら、ただ、仕事を放棄して帰ってきた自立できてない娘でしかないのだ。

 

そんな父自身は、自身が結婚するよりも前に他界した祖父の介護のために東京から九州にUターンしていた時期がある。

それでも、実の子には、上記のような言葉を元旦かつUターン初日に言うのだ。

 

きっと、もし、今悩んでいる、東日本での大きな仕事を引き受けると決めてこの家をあと数ヶ月で出ていくことになったら、自分は、二度とこの家に帰ってこないと思う。

そう、もう、両親は死んだと思って生きていくのだ。

 

いろんな人に、自身の末期癌のことは両親に言ったほうがいいとは言われていたが、

両親に言わない理由は、こう言う理由なのだ。

どんなに放射線診療で借金が膨らんでも、親には言わず、ただ仕事をしながら終わりを迎えたいのは、わがままでもなんでもなくて、幼少期から受けてきた、この窒息する家の無言の圧力の賜物である。

 

宅建設ラッシュで田畑が家に変わっていっているこのエリアでも、

幸いにも四方に家が立っていない、日当たり良好なこの家は、

都会の陽の入らない家よりも、心が冷え切ってしまう。

 

差し込む光が、ただただ、眩しくて、腐らせていく。

私は悪い魔女。

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いてもたってもいられず。

引っ越しの荷物を入れるための荷物の整理もしなくてはいけないのに。

時刻は深夜2時に泣きだしてから、今に、至る。

耳には、もう何年前になる?

ピロウズのペナルティライフの時だったと記憶してる、客だしSEになってた、

aikoのおやすみなさいの宅録ver.なんて流したのがまずかった。

全然おやすみなさいできない。

ピロウズの30周年記念映画は、てっきり、コレクターズのドキュメンタリーみたいな映画になるんだと思ってた。

思ってたんだよ。ホントに。

ふと、そろそろファンクラブ入り直さないと横アリの30周年ライブに行けないな、とホームページみたら、涙が止まらなかった。

物語は、カメラマン志望の「祐介」が主人公。自分の夢を叶えるには現実はあまりに厳しく、崖っぷちの自分、成功していく同期への嫉妬、ほのかな想いを寄せる女性との心のすれ違いなど、the pillowsがこれまで音楽で描いてきたような世界観が展開されます。
環境に満足せず自分への評価が思い通りにならない苛立ち、それでも自分のやり方を貫こうとするときにぶち当たる孤独、絶望、その先に微かにみえる光...。 

何言ってるのかわからなかった。

なんでその職業選ぶの?なんでそんな恋愛要素とか含めちゃうの?

これに、ジョニーストロボとか劇中歌で使われたら確実に死ぬけどいいの?

私には、平成最後のスケートアニメと、平成最後のピュアなおっさんのラブストーリーの両劇場版が控えている2019年。

 そこに、これ。ピロウズ結成30周年製作映画「王様になれ」。

今年から8年弱ぶりに故郷に戻って、満足に映画環境の整っていない場所にいるし、なんなら入職前から面接の時に嫌な予感がしてたけれど、入職して1日目で限界を迎え、1週間で呆れかえって辞表叩きつけた今日。

ずっとモヤモヤしてて。

ピロウズの、この映画の詳細みた瞬間に、いや、カメラマン志望、とかいう言葉に、

いろんな想いが溢れて、勝手にしんどくなって、勝手に泣いてるんだけど。

とりあえず気持ちが整理できなくて、ここに書きなぐっている。

出逢った頃の二人は昨日の事の様 あれから幾年も経って
今ある二人の現状は嘘の様 さよならなんてね
二人を繋ぐ一本の波は暖かくもあったり
止まらないあたしの言葉に優しく耳を傾けてくれた

絶対忘れたりしないよ あなたの事 めーいっぱいの楽しさ
過去を愛しく思える様に 心込めて 最後のおやすみ
じゃあね おやすみ
陽のある毎日続いてく光の中にはどこにもいなくて
あなたの横で下ばかり向いて過ごしてきたあの頃
抑えきれない気持ちをぶつける勇気がなくて... 只、恥ずかしくて
絶対忘れたりしないよ あなたの声 めーいっぱいの楽しさ
大きく開いた穴の埋め方解んなくてもなんとかやってみるよ
だから おやすみ
今も好きだよ
aikoのおやすみなさい。
これを聴きながら、読んだらもう何かが爆発するのなんてわかってたけど。
そんな、インターネットの検索して開いたページで感情揺れるなんて交通事故だよ。
そう、ネット検索なんて、一歩間違えたら、感情の交通事故だらけだ。
音源に混ざってるのが、当時のお客さんの声。
今みたいに、甘ったるい客ばかりじゃなくて、みんな、こんなにこの音楽を共有できる人間がたくさんいたなんて、って泣きそうになるような静かな場所だった。
亡きパートナーとの出会いは、バイト先だったし、ライブハウスで出会ってなんてロマンチックなことなんて何一つ縁がなかった生き方したけど、たまに、プロポーズしてる人に出会ったこともあったし、同棲しないか、って言ってる人もいた。自分もパートナーと生きて行くんだろうなって信じて疑わなかったし、それぞれがお互いを尊重して、ライブ会場までは一緒だけれど、中に入ったら、それぞれが好きなポジションに行くために別れて踊ってたから、そんな甘酸っぱい思い出なんて当時はなかった。
逆に、亡くなってからの方が、ライブ中に事実婚生活を思い出すことが多くて、ライブに集中できないことが多くて、徐々に音楽自体受け入れ難くなってた。
新作が出たら買ってるし、ライブにも行ってはいたけれど。
やっと、ツアー追いかけられるくらい”好き”が戻ってきたのは、ここ2年の出来事だ。
空白の1年があるけれど。
でも、その1年を抜けるのが本当に大変で。
だから、今、こうやって30周年に間に合ってよかったな、って。
安心してたら、これだった。
カメラで食べていきたいって思った時代があった。
今もどこかでそう願っているのかもしれない。
だから、国内じゃなくて、海外のイベントにエントリーし続けてる。
お金なんて一銭も入らない。むしろ会計はマイナスだらけだ。
それでも、どうにかこうにかしがみついてたりする。
それに、亡きパートナーと結婚するんだと信じていた。
自分で8年前にお葬式あげてても、どこかで生きてるんじゃないかと思ってるんだろうな。
事実婚でも、きっと、その先には、お互いが思い描いていた、子供を28くらいで産んで、お互いに、それぞれママからパパへ、パパからママへ、性転換してお互いにもう一度結婚するんだと思っていた。そして、幼稚園ぐらいの子供を抱っこして30周年に行こうって約束していた気がする。
脳腫瘍ができても、抗がん剤治療をしていないのは、働くためだとか言いながら、どこかで何かを望んでいるのかもしれない。
色々鈍くなっていた、というか、見ないようにしていた、自分の中に眠っている子供が一気に呼び起こされて、どうしていいのか本当にわからない。
泣き始めて、もう少しで3時間が経とうとしてる。
まだ涙は止まらないし、途中、macトラックパッドが水没して反応おかしくなる。
それでも、涙が止まらない。
きっと、こんなめんどくさいこと言える友達もいないから、ここに書きなぐるしかない。
これも大切な思い出だから。
大切な感情だと思うから。
過去を愛おしく思たら。
愛おしく憶いすぎてしんどくても、私の人生だ。
明日、いや、今日からどうやって生きていこう。
夜明けまでの2時間。
もう少しだけ泣いておこう。世界が目覚める前に。
  
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