カメラとあひるの水面下バタフライ。

写真は向かないって言われてからの、日々思うこと。

太陽が眩しすぎて、心が腐っていく前に。

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光の差し込むこの景色に、

二度と彼がこの場に立つことが叶わないとわかっていたのなら。

 

そんな彼は、両親とともに、日課になりつつある病院へ運ばれていった。

 

なんとも言えない、鉛のような感情が、年明けからずっと体の奥底に横たわっている。

 

幸いにも、70を超えた両親はかろうじて自活できる程度で健在とはいえ、

18を超えた犬と、100歳を目前に控えたアルツハイマーな祖母のことがある。

 

目の前に並ぶ、プライベートな事実の数々に、もう一度Uターンすると決めた理由はなんだったっけ、という、本来の目的が霞むことが多い。

2年後、自分は現職を離れるつもりでいる。

新しい職場は、マインドコントロールを強いられ、この仕事に携わる人間全てを侮辱しているかのような劣悪さ、さらに交渉を続けても給与額面を提示されるのは入職後という恐るべき事態。

まんまと、その手中に入ってしまい、今、もう一度舵を大きく切らなくてはならなくなっている。

 

そこで冷静に考えてみた。

結局、自分はこの職業から抜け出せないのでは?と思った。

マインドコントロールや、労基違反していたり、職業独特のルール違反しているという、自分にとって許せない事実が目の前に揃っただけで、遠く遠く旅立つことを考えてしまっているのだ。

その代わり、Uターンして、3年くらい修行の旅に出て、そのあとは自宅でできる仕事を、と思い描いていた、そのレールの敷き直しをしなくてはならない。

 

親のことは気がかりだし、どうにかできないものか、と常々思ってきた。

でも、現職のままだと、この田舎では、現在のところ以外に働き口はない。

そこがもうダメなのだから、この場所で自分が生きていくことは不可能なのだ。

 

他の職種を考えないことはない。

常に考えている。

ただ、潰しが利かないのだ。ここまでくると。

 

それに、3度目の余命宣告が、その通りなら。

犯罪ではないけれど、自分の仕事に対してもっとも重要視していることをおざなりにされている職場では働きたくない、その一心で、どこかまた飛ぼうとしてる。

 

結局、自分は、仕事人間なのだ。

 

写真のような光景。

愛犬は自慢の脚力を骨肉腫で失い、寝たきりになって2ヶ月。

祖母は年齢相応の認知症に。

両者ともに、ついこの間まで元気だったし、こちらも元気なまま最後を迎えてくれたらと淡い期待は絶対だとどこかで思っていた。

でも、現実は残酷な姿を見せてくれる。

物事に絶対はない。

 

両親は健在だ。どんなに二人のことが苦手でも、親にはかわりない。

自分がまたほんの2、3ヶ月で、この家をまた去ったあと、いつまでも元気でいてくれると信じていても、どうなるかはわからない。

つまり、当たり前だった光景が二度とみられなくなることよりも、仕事を取るということ。

 

心のどこかで、いつも罪悪感しかない。

両親というか、父は常に、親と金はいつまでもあると思うな、孝行したい時には親はいない、家族は近くに住んで支え合うものだ、と転勤族だったくせに何をいっているのかはわからないけれど、口うるさく言っていた。

両親と兄のことが苦手で、それでも、生きるだけで迷惑をかけていると思い込んでいた自分にとって、恩義を返すためにはどうしたらいいのか、離れて暮らしていた自分は犯罪者なのか、とすら思っていた。

 

親のためにこうした方がいいんだろうな、と思っていたのは、もしかしたら、自分がこうすることで自分は救われるのかもしれない、という身勝手なものなのかもしれないが、もう、わからない。

 

そんな父は正月早々からフルスロットルで自分は早々に夕飯を済ませ、ようやく食卓につき、食事をしようとした家族に箸を置かせて、こう言ったのだ。

 

「自分は親を頼ったことはない。

親になにかを相談したことはない。

学校を出たら親は死んだと思って生きてきた」

 

と。

父とはほとんど会話はない。相談もしたことがない。

父に報告したのは、大学に行くから家を出るという話を土下座したときだ。

それももう14年も前の出来事。

父が今頃こんな話をしてきたのは、きっと、二度目のUターンをしてきた自分への苦言なのだ。

たとえUターンした理由が、老いていく祖母、母、犬のため、だとしても、父にとったら、ただ、仕事を放棄して帰ってきた自立できてない娘でしかないのだ。

 

そんな父自身は、自身が結婚するよりも前に他界した祖父の介護のために東京から九州にUターンしていた時期がある。

それでも、実の子には、上記のような言葉を元旦かつUターン初日に言うのだ。

 

きっと、もし、今悩んでいる、東日本での大きな仕事を引き受けると決めてこの家をあと数ヶ月で出ていくことになったら、自分は、二度とこの家に帰ってこないと思う。

そう、もう、両親は死んだと思って生きていくのだ。

 

いろんな人に、自身の末期癌のことは両親に言ったほうがいいとは言われていたが、

両親に言わない理由は、こう言う理由なのだ。

どんなに放射線診療で借金が膨らんでも、親には言わず、ただ仕事をしながら終わりを迎えたいのは、わがままでもなんでもなくて、幼少期から受けてきた、この窒息する家の無言の圧力の賜物である。

 

宅建設ラッシュで田畑が家に変わっていっているこのエリアでも、

幸いにも四方に家が立っていない、日当たり良好なこの家は、

都会の陽の入らない家よりも、心が冷え切ってしまう。

 

差し込む光が、ただただ、眩しくて、腐らせていく。

私は悪い魔女。

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いてもたってもいられず。

引っ越しの荷物を入れるための荷物の整理もしなくてはいけないのに。

時刻は深夜2時に泣きだしてから、今に、至る。

耳には、もう何年前になる?

ピロウズのペナルティライフの時だったと記憶してる、客だしSEになってた、

aikoのおやすみなさいの宅録ver.なんて流したのがまずかった。

全然おやすみなさいできない。

ピロウズの30周年記念映画は、てっきり、コレクターズのドキュメンタリーみたいな映画になるんだと思ってた。

思ってたんだよ。ホントに。

ふと、そろそろファンクラブ入り直さないと横アリの30周年ライブに行けないな、とホームページみたら、涙が止まらなかった。

物語は、カメラマン志望の「祐介」が主人公。自分の夢を叶えるには現実はあまりに厳しく、崖っぷちの自分、成功していく同期への嫉妬、ほのかな想いを寄せる女性との心のすれ違いなど、the pillowsがこれまで音楽で描いてきたような世界観が展開されます。
環境に満足せず自分への評価が思い通りにならない苛立ち、それでも自分のやり方を貫こうとするときにぶち当たる孤独、絶望、その先に微かにみえる光...。 

何言ってるのかわからなかった。

なんでその職業選ぶの?なんでそんな恋愛要素とか含めちゃうの?

これに、ジョニーストロボとか劇中歌で使われたら確実に死ぬけどいいの?

私には、平成最後のスケートアニメと、平成最後のピュアなおっさんのラブストーリーの両劇場版が控えている2019年。

 そこに、これ。ピロウズ結成30周年製作映画「王様になれ」。

今年から8年弱ぶりに故郷に戻って、満足に映画環境の整っていない場所にいるし、なんなら入職前から面接の時に嫌な予感がしてたけれど、入職して1日目で限界を迎え、1週間で呆れかえって辞表叩きつけた今日。

ずっとモヤモヤしてて。

ピロウズの、この映画の詳細みた瞬間に、いや、カメラマン志望、とかいう言葉に、

いろんな想いが溢れて、勝手にしんどくなって、勝手に泣いてるんだけど。

とりあえず気持ちが整理できなくて、ここに書きなぐっている。

出逢った頃の二人は昨日の事の様 あれから幾年も経って
今ある二人の現状は嘘の様 さよならなんてね
二人を繋ぐ一本の波は暖かくもあったり
止まらないあたしの言葉に優しく耳を傾けてくれた

絶対忘れたりしないよ あなたの事 めーいっぱいの楽しさ
過去を愛しく思える様に 心込めて 最後のおやすみ
じゃあね おやすみ
陽のある毎日続いてく光の中にはどこにもいなくて
あなたの横で下ばかり向いて過ごしてきたあの頃
抑えきれない気持ちをぶつける勇気がなくて... 只、恥ずかしくて
絶対忘れたりしないよ あなたの声 めーいっぱいの楽しさ
大きく開いた穴の埋め方解んなくてもなんとかやってみるよ
だから おやすみ
今も好きだよ
aikoのおやすみなさい。
これを聴きながら、読んだらもう何かが爆発するのなんてわかってたけど。
そんな、インターネットの検索して開いたページで感情揺れるなんて交通事故だよ。
そう、ネット検索なんて、一歩間違えたら、感情の交通事故だらけだ。
音源に混ざってるのが、当時のお客さんの声。
今みたいに、甘ったるい客ばかりじゃなくて、みんな、こんなにこの音楽を共有できる人間がたくさんいたなんて、って泣きそうになるような静かな場所だった。
亡きパートナーとの出会いは、バイト先だったし、ライブハウスで出会ってなんてロマンチックなことなんて何一つ縁がなかった生き方したけど、たまに、プロポーズしてる人に出会ったこともあったし、同棲しないか、って言ってる人もいた。自分もパートナーと生きて行くんだろうなって信じて疑わなかったし、それぞれがお互いを尊重して、ライブ会場までは一緒だけれど、中に入ったら、それぞれが好きなポジションに行くために別れて踊ってたから、そんな甘酸っぱい思い出なんて当時はなかった。
逆に、亡くなってからの方が、ライブ中に事実婚生活を思い出すことが多くて、ライブに集中できないことが多くて、徐々に音楽自体受け入れ難くなってた。
新作が出たら買ってるし、ライブにも行ってはいたけれど。
やっと、ツアー追いかけられるくらい”好き”が戻ってきたのは、ここ2年の出来事だ。
空白の1年があるけれど。
でも、その1年を抜けるのが本当に大変で。
だから、今、こうやって30周年に間に合ってよかったな、って。
安心してたら、これだった。
カメラで食べていきたいって思った時代があった。
今もどこかでそう願っているのかもしれない。
だから、国内じゃなくて、海外のイベントにエントリーし続けてる。
お金なんて一銭も入らない。むしろ会計はマイナスだらけだ。
それでも、どうにかこうにかしがみついてたりする。
それに、亡きパートナーと結婚するんだと信じていた。
自分で8年前にお葬式あげてても、どこかで生きてるんじゃないかと思ってるんだろうな。
事実婚でも、きっと、その先には、お互いが思い描いていた、子供を28くらいで産んで、お互いに、それぞれママからパパへ、パパからママへ、性転換してお互いにもう一度結婚するんだと思っていた。そして、幼稚園ぐらいの子供を抱っこして30周年に行こうって約束していた気がする。
脳腫瘍ができても、抗がん剤治療をしていないのは、働くためだとか言いながら、どこかで何かを望んでいるのかもしれない。
色々鈍くなっていた、というか、見ないようにしていた、自分の中に眠っている子供が一気に呼び起こされて、どうしていいのか本当にわからない。
泣き始めて、もう少しで3時間が経とうとしてる。
まだ涙は止まらないし、途中、macトラックパッドが水没して反応おかしくなる。
それでも、涙が止まらない。
きっと、こんなめんどくさいこと言える友達もいないから、ここに書きなぐるしかない。
これも大切な思い出だから。
大切な感情だと思うから。
過去を愛おしく思たら。
愛おしく憶いすぎてしんどくても、私の人生だ。
明日、いや、今日からどうやって生きていこう。
夜明けまでの2時間。
もう少しだけ泣いておこう。世界が目覚める前に。
  
REBROADCAST 初回限定盤

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ペナルティーライフ

ペナルティーライフ

 

 

嫌でも、刻は虚しく過ぎ去るもので。

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ただ、貴女が、いなくなって7年という実感が湧かないままなのです。

いえ、貴女がいなくなったということすら、わからないまま。

 

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 

それでも無情に刻が進むにつれて、

次を見つけたような気がしたこともあったし。

貴女への裏切りではないかと、悩んだこともあった。

やっぱり、貴女ほど居心地のいいものではなかったから、すぐにダメになったよ。

そして、悠々自適に独りで生きてる。

 

 

今月、21日で、出会った時の当時の貴女の年齢になります。

13年先を貧しくても慎ましくも信念を曲げず生きている貴女が眩しくて、たまらなかったのを覚えています。

 

どうか、貴女の眠る三陸の海が穏やかであることを祈って。

 

 

今日を生きようと思います。

なんてことない、日々を。

あの日から変わらない日々を。

 

 

この日のための特注の青いポピーと、アネモネ

今年も贈ったので、また受け取ってください。

その大きな海となった、貴女の波という腕で。

 

 

 

梅も桜もなくて、ただ、カメラと痛みが残る。

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髪を切った。

3/19

 

1年くすぶってたモノ。

過去を振り返っても、なにか大きなマイナスなことが起きると、髪を伸ばしてから、切る癖があるらしい。

1年髪を伸ばしたと言っていたけど、正確には、1年半か。

 

普通の日常が戻ってきて、

いくつかバイトの面接を受けてる。

 

夜は明日を恐れて眠れなく。

痛みが取れない夜を泳ぐ。

 

大好きな焼き菓子屋さんのアップルパイを食べた。

買ったのはホワイトデーだった。

消費期限は16日だったのに、今、食べた。

確かこれは去年お祝いした時に渡したアップルパイ。

きっかけがタルトタタンだったから、信用できるなって思ったんだった。

林檎は芸術的な意味合いでも、最も重要な意味合いを持つ。

誕生日ケーキは生ものだから買えないなーどうしようと思って、これにしたんだった。

今年はどんなお祝いをしてもらったんだろうなー。

幸せに生きてるならそれでいい。

 

 

今年も梅は見ることなく、

桜も咲いてはいるのだろうけど見ることもなく。

今日もベッド日和。

 

部屋片付けたいなぁ、いや、片付けないといけないんですけど、足場がないから、、、。

 

薬もこの間変わってから、まだ経過を見ないとなんとも言えないから、と、通院でもない。

 

去年の今頃は、歳を重ねられるなんて思ってもみなかった。

電車に乗れず、不安が付き纏い、人が苦手なのに拍車がかかり、もう幾度となく体験した胃潰瘍になり、トドメが極度の人間不信になり、それでも具合が治らないからと受診したら、10年間動きをみせなかった腫瘍がいつの間にかパンパンになってた。

 

それでも1年走ってきたのだ。

ありがたいことに。

 

1年経って残ったものを見つめてたら、

やっぱり、カメラと言葉と、自分だけ。

 

哀しいかな。

でも、それもまた人生。

次の満月にキミを骸にして永遠にしてしまいたい。

なんて厨二なタイトル。

 

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お誕生日です。

あと3時間は。

 

おめでとうソーラーリターン。

でも、昨夜の遅くに太陽は牡羊座に登り始めていたから、今年は20日でも羊さんがいるってことなんかな?

 

 

個展が終わって、

なにか変わるかと思ったら、なにも変わらなくて。

 

バイトの面接も落ちた。

しかも年令を理由にされたので、落ち込み具合がハンパない。

 

次の締め切りが見えているのだから、頑張らなくてはいかんのですが、

なににしようか?って悩んでたら、最終日に来てくれた、大好きな夫婦の写真がなにか導いてくれてる。

 

今後の治療費の借金が理由だけど

製作するには今の予算では無理なのと、早くに借金を返さないととんでもないことになる。

信用問題に傷が付かないことを祈るしかない。

 

なんのために写真をやるのか。

なにを撮りたいのか。

 

ずっと個展前から答えは出てこなかったし、個展をやっても出るはずがない。

あんな付け焼き刃。

 

 

3日でカメラのコンディションを掴んで、

3月中に次のアワードの下地を作って、

10日には箱詰めして提出。

 

公開審査に通ることを目標に。

 

個展のことはゆっくりきちんと書きたいから。

また今度。

 

 

15と31の言葉の降りそそぐ夜。

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個展開催中ですが、個展とは関係ないけれども、書いておきたいことがある。

ずっと遠出する時以外はやめていた、お酒を飲みつつ、居酒屋の隅っこでこれを書いている。


とある作家さんが15周年を迎えられました。

朝丘戻。さんだ。


僕の中で、唯一読める作家のお二人のうちの、おひとり。

もう1人は、村山由佳さんだ。


朝丘戻。さんのジャンルは所謂、ボーイズラブ(BL)。

男性同士の色恋沙汰である。


これを書くと、え、あなたオタクなの?と感じられるかもしれない。毛嫌いされるかもしれない。

でも、そんなことどうでもよくて、真実はそうではないのである。

オタクっぽいところもあるけれども。


朝丘さんの作品との出逢いは。

15年前となる。


愛媛の田舎町の小さな本屋の小説コーナーに平積みにされていた、コバルト文庫版の『春恋。』

可愛らしいイラストの表紙。

隣には赤川次郎の新刊。

当時15歳だった自分は、純文学と疑わなかった。

小説を読む癖はなく、村山由佳さんか、銀色夏生さんの詩集ばかり読むコだった。

小説には多ジャンルあるとは思わなかった。


小説を買う時の儀式がある。

あらすじを読み、最初の一文を読む。

そこで大体の感覚が分かる。

読み進められるか、否か。


それを続けていくことで後に、読み切れる作家は2人に絞られてしまったのですが。。。


つまり、その儀式をして手にすっぽり収まった本を大事に、ママチャリに乗って夜の10時に買って帰った。


読み進めていくにつれて、

胸が苦しかった。

美大生の家庭教師と、受験生の男の子の話。

詩のような、真綿のように優しいのに槍のように鋭い言葉に心が強く惹かれていった。

ごく当たり前の私小説を読んでるような感覚だった。


当時、僕は、漫画や同人誌を作る友人グループの中にいた。

ゲームはやるけど、FFだけ。

周りは恋愛シミュレーションをやってたのに、自分の恋するキャラではなくて、キャラ同士の恋愛を妄想して楽しそうだった。


漫画は読むけど、なかよしとかが好きだった。

セーラームーン全盛期に、セイントテールがすきだった。


同人誌ってなに?日曜日みんながサークル参加してるからって理由だけでおでかけライブに行って話だけしてた。

絵を描くことができない、妄想が出来ない自分は、付いていくだけついて行き、人とはぐれないようにしてただけだった。

自転車に乗って遠出が出来るのが楽しかった。


そうこうしてたら、出逢ってしまった。

朝丘戻。さん。

雷で打たれるというよりかは、

静かに水が湧き出るようなマグマのような衝撃。


彼女を純文学の小説家だと思い、中学の校舎で何十回目の読み直しで読みふけっていたら、

友人に『え?BL好きなん?』と言われた。

あれは?これは?って勧められたけど、どれもダメだった。

とりあえず身体結んどけ!的なものが多く、嫌だった。

心も通じてないのに、身体を重ねるなんて嫌だった。


春恋。の、アキと美里も付き合う前に身体を重ねるが、美里側の視点でじっくりと叶わぬ恋を記して覚悟の上での情事ゆえに綺麗だったのだ。

はきだめのようなセックスではなく。

この2人は聖人君子かと思ったくらいだった。


そこからこちらも大学受験になり、みんなバラバラになった。

知り合いがなかなかできなかった自分は、ホームページを作って更新するのが日課だった。


京都に進学した友人からメールがきて、

ホームページ見たよ、とバレていた。

そこに記された作品を見たらしく、

自分のお気に入りのゲームのキャラクター同士の二次創作を頼まれた。

ゲームで遊んだことなかったし、キャラのこともわかってなかった。

最低限の情報だけもらって、普段ホームページで書いていた詩のような話を紡いだ。


友人からは、

『めっちゃ甘々で、どこかひなたにいるような暖かさなのに、2人がどこまでも苦しい恋をしてるようで頼んでよかった。ありがとう。』

と言われた。

その知人とはもう10年も連絡を取ってないし、連絡先も知らない。


きっとそういう苦しい恋の話は、自分の元来の潔癖もあるが、朝丘さんから学んだものだと思う。


大学生の後、言葉を紡ぐことはしなくなった。

代わりに写真を撮るようになった。


奇しくも、朝丘さんも写真を大切にしている方である。

ホームページにはどうしたらこんな写真撮れるの?というビビットなのに静かな写真が載っている。

当時、ホームページに公開されていた、雪のお話が好きだった。

医者と学生かなにかのお話で、雪の中のお話。

真っ暗なのに真っ白な情景が浮かぶ話。


それから15年。

村山由佳さんと同列にずっと新刊を追い続けている作家さん。村山さんは、ダブルファンタジーと、青のフェルマータが好きだ。


春恋。の2人が好きすぎたが、春への2人も好きだ。

そして、いつの間にか、熱田神宮へいく機会にも恵まれて、あーここがあの2人が参った場所か。とも。

ほかの作品も大好きである。

でも、やはり、春恋。は特別。


今年、というか、今、僕は、記念の写真展をしている。

どこか憂いを秘め、闇を写すと言われている。


でも、根底にある想いは変わらない。



小説を受け入れられる作家さんが2人しかいない時点で、狭い世界の人間かもしれないが、

自分の価値観、世界を構築するには十分すぎるほどだ。


愛の形は1つではない。

マイノリティを抱える自分だからこそ、出会えてよかったと心底思っている。

作家さんへのお祝いの気持ちを書きたかったのに、個人的な感情を書き連ねるだけになってしまった。


記念すべき個展の最終日。

銀色夏生さんの詩を読み上げる。

その中で、朝丘さんのことも語ろうと思う。


そして、この個展が終わったら、

写真と言葉を深く掘り下げるつもりでいる。

それが次のステージだと思っている。


今回の15周年の本に載ってる、彼女がBLを書くに至った理由のとおり、僕はあなたが誰かの小説でセックスだけではないBLの世界に美しさを見出したように、

僕は、あなたの小説で、その美しさを感じて、またペンを滑らせると決めました。


そんな記念すべき時に、あなたが15周年迎え、記念本を出されたことに、最大限の敬意を払って。


人生の半分以上を、彼女の紡ぐ言葉とともに過ごして行くことを楽しみに。



PS 写真の言葉は、僕がかつての一回りも違うパートナーに送った言葉と似ていたのでした。心がとても震えた。



http://tatu.hatenadiary.com/entry/2017/03/05/212350







第2夜が襲ってくる前に。

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《最近のがーが。さんの体調》

・ごはんは1日1 食

・1人前が厳しいことも多々

・足のむくみが取れない

・常にあたまがいたい

・痛み止めが効かない

・同じ悪夢を見続けている

ピロウズを一切受け付けない(重症)

=======

大体、こんな感じ。

そして、写真による初個展の作品総入れ替えまであと2日となった。

第1夜に来てくださった皆様に、本当に感謝申し上げます。

あなたの貴重な時間を僕の写真のために裂いてくださって感謝以外の何物でもありません。

ここでちょっとだけ第1夜のことを記しておきます。

ネタバレ含むのかな・・・いや、どうだろう。

書く前にまず被写体となってくださった、友人・知人・見知らぬ人・そこに存在するすべての物質に謝意と愛を捧げます。

 

今回、製作するにあたって。

製作なんてたいそうなものではないです。

ギャラリーの人読んでるかもしれないので、本当に本当に書いたら殺されるんじゃないかっていう程度のこともありましたが・・・(個展に対する製作の姿勢とかですね)

今回在廊してるとき(平日だけで本当に申し訳ありません)にいただいたお声で一番多かったのが・・・

 

「全部、フィルムなんですよね!」

 

でした。

…一体、僕はどこまでフィルム好きだと思われてるんでしょう(笑)好きだよ(笑)

正解は、全22点中6点のみフィルムです。27%。

入って来た人がずらっと見た後に、フィルム、という結論を出すのに驚きました。

個人的には撮ってるからという意識を除いても、デジタルらしさが溢れているので、いやーこりゃ参ったと思いました。

使用しているカメラを申し上げると、、、

 

CONTAX T2

ZENZA BRONICA S2

Nikon P5100

FUJIFILM X-E1

FUJIFILM X-T1

 

の上記5台です。

コンパクトフィルムカメラから、中判カメラ。

コンパクトデジタルカメラから、ミラーレスデジタルカメラ

 

よくぞ、こんなばらばらな機材でも写真のトーンが変わらなかったなと思いました。 

 

去年個展をやると決めた時は、RolleiSL66で撮った写真と、去年ずっと心にあった方の写真だけで構成しようとしたやっつけになりそうでした。

が、途中で、スコーーーーーンと抜けちゃったんですよね。

その前にも大好きだった愛知県のお店で初個展をしたくて悩んでた時期もありました。

それから月日が流れ、

2016年、写真の中身を言葉にしてくださる方に出会って、そんな写真じゃないけど、って最初は思っていたんですが、短時間でも向き合ってみる機会があって。

その時間から、やっと今回の個展につながっていったのでした。

それが、2016年の12月。

その間に、Zineを製作したり、売ってみたり、いろいろありました。

その中に肝になる共通点を見つけて。

個人的な信条。

「写真は加工しない。カメラの見たままの世界を大切にする。」

フォトショップを使った写真が嫌いなわけではないのであしからず。

そのカメラに備わってる機能で撮れたものが1番だと思っているだけです。

フィルム写真もプリントマンの方にまかせているので、色味の指定は行いません。

(フィルムもデジタルネガ化する際の余計なマゼンタは引いてもらいますが・・・)

そんな不器用なカメラバカな人生を送って来た10年の写真を、個人的な想いと一緒に自己満足なものにしようとしたら、、、神様は意地悪なんですよね。

搬入4日前くらいに撮った写真が妙にしっくりしてしまって・・・

それを入れることにしたんです。

10年前の写真はたった2枚。それからは割と最近のものばかり、というか、撮り下ろしになりました。

正確にはセレクトの段階で、古いネガを見なかった。

それでも、搬入時に並べた時、大丈夫違和感はないと言ってもらえてホッとした。

悩んでいた写真をそこから間引いてもらい、第1夜が完成しました。

 

本当は印画紙にきちんと焼きたかった。

本当は木パネでしっかりとしたものを作りたかった。

 

でも、上記の理由で治療費や入院費などがかさみ、製作に予算がさけなくなり、自分にできる精一杯の展示方法を探したのでした。

よくいくお店の紙コーナーでうんうん唸りながら。

これかなーとなんとなく一発印刷。

もっときちんとした状態が良かったな・・・と思いますが、

結果的にこれでよかったんじゃないかな?1つ1つの写真の持つ強さが強烈だからこれで印画紙でこられてたら圧倒されすぎる、と評価をいただき、それもそうかと咀嚼できるようになったのが昨日でした。

床の間にも、ちょっとした展示があります。元ロリータだからできた方法。

カメラを変えても、加工しなくても、ちゃんと脈々と10年を蓄積して今回の第1夜を迎えました。

 

またいつかきちんと思ったり願った形を突き詰めて表現できたらいいな。

もしかしたら、死んだ後、かもしれないけれど。

それでも今回の今の展示は今だけしかないからね。

 

まとまりのないものになりましたが、

自分は結局自分らしく展示を選んだし、方法もセレクトした。

なにひとつ変わらない。

バカの一つ覚えみたいに。

 

本当はさらに3000文字書いて、消した部分があります。

それは最終日にお披露目しようかな。

 

第1夜は、

第2夜よりも賑やかできっと1番、一般向けな展示だと思います。

第2夜は、ちょっと、しんどいかもなぁ。

まだ納得いってなくて、唸っていますが。

明日搬入だというのに(笑)

ゴールはなんとなく見えているので大丈夫かな、と思っていますが。。。 

 

それと、ここを見てくださっている方に。

第2夜の19、20日はイベントデーなので、僕も終日在廊予定となっています。

そこで、一部のカメラと過去の作品をお譲りに出そうと思っています。

皆様のお目当のものじゃないかもしれませんが、よろしければ展示と一緒にお家に連れて帰っていただけたら幸いです。

事前になんのカメラでますか?などの質問はお受けいたしかねます。

…正直、迷っている子もいるので。

 

個展に関してはこちらの記事をご参考ください。

tatu.hatenadiary.com

 

また、京都でずっと写真をやられている方の感想ブログもご紹介いたします。

すこしだけネタバレ含むですが、彼女の言葉はしっくりときました。

展示している本人ですら咀嚼していなかった部分でもあります。

よろしければ、彼女の日々の写真と一緒に読んでいただけたら幸いです。

motokicksさん、ありがとうございます。

motokicks.exblog.jp