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カメラとあひるの水面下バタフライ。

写真は向かないって言われてからの、日々思うこと。

自分の写真に他の人が触れること。

 

 

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 本日、仕事をして、14時からぶっ続けで、異なる教室に行ってきた。

1つ目のコマは、仕事で1時間以上遅刻したこともあり、あと、どちらかというと情報提供を受けているみたいなものなので、すんなり。

2つ目。

これが強烈だった。

 

『ごくごく稀にいるのよ、撮ってる人の気持ちが投影されてる写真なんだけど、そこを超越してるような写真を撮るひとが。見てて、本当にしんどい笑』

 

『褒めてる言葉。変わってる、って』

 

『絶望的な写真。

こんな分かりやすい写真ないのに。』

 

『他人と自分は違うことが伝わらないって諦めてるのか、どこか他人と一線を置いてる。』

 

と。

内容としては目標地点に向けてのウォーミングアップというか、自分の写真を知っていく目的で、

写真をセレクトして、組写真のトレーニングだったわけです。

 

講師の先生がひとりひとりの席を回って、

作業を見てくださるのだけど。

出来てる人にはそのままでいいよ、とか。

で、僕の番に。

困ってることは?と聞かれたので、正直にどうしていいのかわからないと伝えて、パラパラとめくり始めた先生の言葉が上記だった。

 

そして、仕事のことも関与してるかもと前置きされつつ、

本来、人が蓋をしている本質、見たくないもの、目を逸らしてるものが写ってる、って。

 

僕本人は、

キラキラしてるから撮った、とか。

あ、なんか自分の心にストンとした景色だから撮ったとか単純な理由。

 

でも、そうじゃない、と。

 

80枚近くの写真を持って行ったら、そうなった。

 

そして、途中も色々あって、1番出来が悪くて、

付け焼き刃に近い感じで、成果発表の準備で写真を並べてたら、

はじめて会う子に、

 

『つらい』

 

と、はっきり言われたのだ。

はじめて会うのにこんなこと言うのすみません、とも謝られてしまった。

 

申し訳ないことをしたな、と心を痛めていたのだが、

先生は、『会って間もない人にそこまで言ってもらえることはすごいことなんですよ?』と。

 

一体、自分の写真、なんなのか?と。

 

一部というか、ほとんどがここ2ヶ月の出来事の写真。

誰かと楽しく水族館とか、誰かと一緒に明治村とか、楽しかったはずなのに。

 

第一回の提出写真を見せた時に、好みの色ではないでしょ?って言われたので、

色だけにフォーカスして、セレクトして持って行ったら、こうなった。

 

 

『いい子にならなくていいんですよ?

わかっててこういうの撮ってますか?

隠してるだけですか?

それとも無自覚ですか?

感覚ですか?

それともそこにまだ到達していないのか。

…もったいない、本当に。

そこをもっと徹底的に、ね』

 

と。

こんなにはっきりと何かを言われたことはなかったから、言葉にしてくださってありがとうございます。でした。

 

実は同じ先生とは知らず、

別イベントの個人別WSに申し込んでしまっていて、

今度ゆっくり一対一で話をしましょう、と。

 

通ってみて思ったのは、

こういうことを教えてくれる教室に通いたかったんだ、ってこと。

主観でなく、客観的に。

好き、嫌いの、言葉でも、響き方が違う。

授業中も、かなり、はっきりと言ってくださった言葉はキツイものもあった。

でも、ちゃんと、響いてる。

今回は。

バイアスのない言葉。

 

 

別の教室に通って感じた上半期の経験のおかげで、はっきりとわかった。

それを知れただけでも、上半期の半年のあの教室には感謝したらいいんだろうな。

 

これからモノクロフィルムを現像する。

焼く暗室を失ったことは残念だが、きっとまた触れられる日が来る。

 

今は、まだ、自分がコントロールできない。

目に付いた世界を切り取っているだけだから。

まだまだ。