カメラとあひるの水面下バタフライ。

写真は向かないって言われてからの、日々思うこと。

声と、意思と、。

f:id:teddysduck:20160923083329j:image

 

昨日の授業中。

はじめて、申し込みをした本来の受講曜日に参加した。

5人という少人数であり、先生も明るそうな方である。

 

昨日も書いたけれど、

じゃあ、作業はじめ!っていう時間があるのだけど。

人とは決して悪気がなくても、声や意思が大きく波紋のように広がる人がいる。

僕も無意識に発した言葉が人を揺るがすことがあって何度も苦労したし、今も苦労している。

今回は、声がものすごく通る人。

そして、なんとなくだけど、強い意志があるから、自分のための時間なのだから、と、周りが黙々と作業をする中、会話がとても通って聞こえてしまう。

正直に言ってしまえば、その人と先生のやりとりが大きく聞こえていて、会話が聞こえてしまっている中、セレクトをしていたのだけど、僕は集中に欠けてしまった。

個人的に、パブリックな場所では、相手に配慮して、おとなしく話すべきかも?

作業の邪魔になるようなことはしてはいけない、と自然と声や動きが小さくなるし、そういう配慮が人には必要だと思って生きてる。

 

ただ、自分の傾向として、自分の深い世界に入ると外界の音は気にならない。

先日帰省したときに、ランチを食べたお姉さまとの会話でそう言われて、あ、ってなった。

つまり、そのよく声が通る方は、ただ授業を目一杯楽しんでいて、自分の学びたいことを意思として放ち学んでいるだけで、

自分は、自分の世界に没頭できず、与えられた課題を自分の意思の弱さできちんとこなせなかっただけなのだ。

どうしてこのコースの門を叩いたのか。

自分できちんともっとちゃんと芯を持たないとなあなあになる。

なにがしたい、んだろう。

 

少なからず、撮ること、というか、カメラを覗くのがすき。

写真もすきだけど苦しい。

やりたいこともたくさんあるんだけど、

脳の中に重い鉛があるような感じで、うまくいかない。

実際、腫瘍はあるけれど、そういうものではなく、体も重いし、とことんやる気が出ない。

一人暮らしをはじめて10年以上になるけど、ここまでひどい部屋になったことはない。

片付けなきゃ、って思ってるのに、なにもできない。

 

たぶん、どっか、自分の根っこが腐り始めてる。

いや、腐り切ってるのかも。

わかんないけど。