カメラとあひるの水面下バタフライ。

写真は向かないって言われてからの、日々思うこと。

希望と絶望。不安と自信。

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救急病院の外に出してもらって、検査結果を待ちながら今これを書いてる。

明日、いや、今日の仕事終わりに東の都へ向かう予定だった。

 

写真のこと。

先日告知をした、静岡県・伊東市の和家 居酒屋内のギャラリー、gallery 和の店主から作品が届いたのと、天地の確認の連絡が来た。

出展者として、天地の記載もド忘れして送ったのは初めてだ。

謝罪しようと文をしたためていたら、

貰ったメールの中に店主が思う天地の方向の連絡が添えてあった。

 

『この写真は縦でいいの?』

 

と。

横の写真だったはず、と、作品を改めて眺める。

あれ?縦でもいいんじゃないか。

解釈が変わってくる。聖母マリアのような。

そんな大層なことはしてないんだけど。

実際は横だと伝え、縦だと解釈が変わって発見があった、任せたい、と伝えた。

 

次の返事には縦だと確かにマリア像、横だとこうである、と解釈を添えてくださった。

あと、作者がどうしたいか、と最後は締められており、任せずに自分が決めなさいと無言で導いてくださった。

横向きの解釈に『不安定感』があり、その言葉を受けて、先日の授業で貰った言葉を添えて、横向きでの展示指示をした。

 

その指示の後も丁寧に返事をおくっていただいた言葉に、

 

『アヒルさんがどんな方なのか存じ上げないのですが、、、。

不安と自信、希望と絶望…常に真逆なものが体内に強く渦巻いてるような方だと感じます』

 

と。

 

会ったことも、言葉を交わしたこともない。

展示に参加するというだけで、某SNSで繋がってまだ1ヶ月。

そして、そのSNSを僕の生活からは切り離したので、更新はしていないし、見てもいない。

連絡が来てるのかすらわからない。

アカウントを完全削除していない理由は記事の取り出しができないから。たったそれだけ。

 

 

そんなわずかな、針穴よりも小さなか細いつながりの人に、写真を見せただけで、この解釈である。

 

どこまでも、自分は、自分の写真がわからないし、

自分のことがわかっていない。

 

もし、今回、タイトルを付ける展示だったら、どんな名前をつけただろう、あの写真に。

 

きっと、ありきたなタイトルをつけるだろう。

もっと写真を解釈できたら、

もっと自分を解き放つことができたら、

もっともっと世界は深みと関係性が増すと思うのに。

 

 

検査結果出ましたよ、と名前が告げられた。