入院先から、一時帰宅ということで、宅急便を受け取った。
いろんなものが届く届く。
予定してないものまで届く。
今年の6月。
浅草にある、写真企画室ホトリさんの公募展の作品が帰ってきた。
正確には再送してもらった。
saorinさんには本当にご迷惑をおかけしてしまった。
この写真。
お願いしてパネル貼りにしてもらった、
綺麗なプリントで、
現地で見てみたかったなぁ、って。
なによりもこの紙に合う写真はなんだろう、って。
ま、それはさておき。
このプリントの原板を最近大量な写真のうちに紛れ込ませて、
教室に提出した先で、
『いい?これはね、あなたじゃなくても技術があれば撮れるようになる写真、わかる?』
って、言われながら、弾かれた。
そして、
『写真の綺麗さに惑わされないで。
写真を見て。向かい合って、闇を感じて』
と。
露出補正はいつもプラス1だし、
ISO感度はリミッターMAX6400とはいえ、オート。
『どう撮ってるのかわからない違和感を感じる』
と。
技術的な面で言えば、適当にシャッター切ってる。
直感ではわかってるのに、どこか他人を意識すると逃げ腰になるらしい。
やはり写真は孤独な産物かもなぁ。
特に僕は。
あ、でもね、明治村の時は遠慮しなかったなぁ、と思った。
みんなに合わせて動かなきゃ!ってなるのに、
1人別行動で手紙書いて出したり、ね。
あの時のは評価も高かった。
死の香りがする、って。
普段からカメラを持たなくなった。
カメラを迎えてもどこ行こう、あそこ行こうもなくなった。
ずっとしんどいのもあるけど、
きっと撮りたい世界が消え去ってから、
なーんもやる気がない、のが正直なところ。
年内いっぱい。
病院で言われた言葉が脳をちらちらと舞う。
おかしいな、来年の予定も決めたのに。
おかしいな、年内いっぱいとか聞いてない笑
ここから急激な体調の変化になるか、
いきなり命が途絶えるか、
そればっかりは分からないらしい。
いい加減家族に告知を、と言われたけど、
肉親よりも、伝えたい人は、たった1人だけ。
死んだらその人に連絡してください、と、
カメラ数台と箱を用意してある。
迷惑がられるでしょうね。
でも、いいのよ。
そうしたい、って最期の希望だから。
たまに見る夢が今年の1月の夢。
昨日は生きてる世界なのに、
搬入が終わった帰り道。
2017年の春も終わりか、、、なんて思ってた。
ちがう、まだ2016年の冬すら来てない。
死ぬ時くらいは、雪がみたい。
雪の中に埋めてほしい。
そしたら、本物のアヒルになれるかもしれない。
最近、現実と夢がわからなくなってきてる。
影響が出始めた。
僕だけの世界。
僕にしか撮れない世界は一体どこにあるんだろう。