カメラとあひるの水面下バタフライ。

写真は向かないって言われてからの、日々思うこと。

想い、重い。

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十三夜の前日。

魔女が居そうな世界を撮ってきた。

と、いってもこの2枚だけだけど。

 

そこに仄かに遺る痕をこっそり撮ることが多い。

やらせ写真が苦手で、

だからかな、ポージングが決まりすぎてるポートレイトとか、今流行りの上向いてるやつとか、

ヒトの匂いがしない、生きてる匂いが個人的に感じられない写真は【美しい】だけで止まってしまう。

 

このススキも、

この人も、

歩いてたら飛び込んできた景色。

 

写真のコマを、撮るシチュエーションを作るとはどういうことなんだろう。

感覚、本能で撮るからいけないんだろうけど笑

 

昨日もコントロールできない、って話をしていた。

 

今日は自分の写真はどんなものか、という講評がない日なので、なんかモヤモヤする。

でも、行かなきゃね。

10月の休みは、本当に変則的で。

なんでこんなに変則的かつ、有休使われてるの?って思ったけど、黙っておいた。

明日から地獄の連勤です。

 

とても重い想いを抱えている。

というか、変わらないんです。

好きな人とか、好きな物とか。

棚卸しをして、ブレインダンプしても、変わらない。

不動な順位。

そこに、あれもやってみたいな!これもやってみたい!なんていう淡い想いが、スパイスとして付け加えられるため、無駄に知識と興味がわずかに増える。

それの繰り返しでひろーーーーくあさーーーくな知識を得ている。

人間関係はなかなかね。

こう、この人!って決めたら、ブレない。

世界はたった1人でよくなる。

もちろん、知人、友人は大切。

でも、世界でキミを守ることが出来るのは、1番近い距離にいるのは、僕だけ。

だったら、なにがなんでもキミだけになるのだ。

仕事もやりくりするし、時間もやりくりする。

相手に合わせるし。

そうすると自分が目減りしてることに気づかない。

 

それでもいい。

たった1人の理解者なのだ。

 

特別な領域に入った人のことは忘れないし、一生涯の幸せの祈りを捧げる。

遠くに居ても。

会えなくても。

 

脳腫瘍の影響で、記憶が曖昧になって、ある程度の人たちのことがわからなかったんだけど、とある人のことは覚えてて、苦笑いしたもの。

特別、ってそういうことだよ。

 

重たい人と言われても。

それが、僕にできる唯一の祈りだから。

 

中途半端に興味本位で近づいてきた人が反旗を翻したら、全力で黙って立ち去る。

2度と触れないでくれ、と。

でも、その拒絶の中に光はあって、

そんな酷いことをしてきた人でも、幸せであるように。祝福がありますように、と祈り続けるのである。

誕生日や、節目、そんな日くらいは、天使にも悪魔にも祝福される権利はあるのだから。

 

あ、なんか写真と関係ない話になった。

 

そろそろ家を出なくては。

 

今日は写真と息抜きのお茶と再会の日。

 

 

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